宮本浩次がソロ活動の理由とは?年収も大胆予想!【SONGS】

2月22日(土)放送予定の【SONGS】に、エレファントカシマシのボーカル・宮本浩次さんがソロとして初登場します!!

バンドとしては30周年を迎え念願の紅白にも出場し、一区切りがついたからこそのソロ活動なのか?、それとも別の理由や想いがあるのか?

今回はそこら辺を本人のインタビュー記事などから探っていきたいと思います。

また、「安定した収入」が夢と語る宮本さんの年収も大胆予想していきますので、興味のある方は是非読んでみてください!

プロフィール

名前:宮本浩次(みやもとひろじ)

愛称:ミヤジ

生年月日:1966年6月12日

出身地:東京都北区赤羽

血液型:O型

身長:170㎝

出身校:東京国際大学

趣味:読書

所属事務所:アミューズ

エレファントカシマシとしてメジャーデビューした当時は、意外にも全く売れずレコード会社との契約が解除になるほどでした。

宮本さんは当時についてこのように語っています。

「21歳の時にデビューしたんですね。それから7年後ぐらいですね、1994年に契約が終わって。でも、長い間お世話になって」

なんとも切ないコメントです。決して順風満帆でここまで来たわけでは無かったんですね。

その後、レコード会社との契約を解除され、お金もなく途方に暮れていた時に作った曲が、『今宵の月のように』

この曲が大ヒットし、人気ミュージシャンの仲間入りを果たしましたが、同時期にGLAYの『HOWEVER』がミリオンヒットを飛ばしており、音楽番組の公開収録で共演した際に『HOWEVER』へのお客さんの食いつきのすごさに圧倒され、「心が折れました。レベルが違う!」と、完膚なきまでに叩きのめされたエピソードも語ってます。

確かに、当時のGLAYやL’Arc〜en〜Cielはインパクトが強すぎて、それに比べるとっていう部分はありましたよね。

また、宮本さんは知る人ぞ知る筋金入りの読書家で、特に古典文学、森鴎外(もりおうがい)の大ファンだそうです。

娘の森茉莉(もりまり)も大好きなようで、宮本さん曰く「究極の森鴎外、森鴎外が憧れていた生き方を体現した人物」と評しています。

ロマンチックなものが大好きだという宮本さんですが、森親子の「そういう部分」に惹かれ、自分の生き方の一つの指標にしているのかも知れませんね。

ソロ活動の理由

ここからは本人のインタビュー記事を交えながら答えを探っていきたいと思います。

エレファントカシマシのことだけを考えて生きてきた30年

「94年に最初のレコード会社との契約が切れてみんながやめそうになっている時も引きとめて、『エレファントカシマシでやるべきだ』って言っちゃった手前もあって、『売れるまでは!』って思ってやってきた。その一つの目標が紅白歌合戦で、30周年で初めて出ることができた。ずっとやりたかった47都道府県ツアーも30周年で実現した。本当はもうひとつ、『絶対ナンバー1をとる』ってみんなにも言ってあったから、ナンバー1ヒットも出したかった。まあ、強引に言うならばデイリー1位というのは30周年のベスト盤(『All Time Best Album THE FIGHTING MAN』17年)でとったけど。俺がとりたかったのは週間1位なんだけどね」

引用元:https://www.walkerplus.com/article/209571/

まずは、やはり30周年という区切りと、紅白出場という目標の一つを達成したことがソロ活動を始動するタイミングが今である理由になっているようですね。

ソロ活動は、昨日今日の話ではなく90年代から考えていた

「小学生の時にNHKの合唱団(現NHK東京児童合唱団)に、この飽きっぽい男が、アルバイトだって3日でクビになっちゃう男が3年間も通い続けたっていうのは、とにかく歌うことが好きだからだと思うんですよ。合唱団というのは、昔からの童謡とか、誰かが創作した曲を歌うわけ。バンドマンの宮本ではない、そういう歌手としての自分はじゃあどこに行くんだ?って考えた時に、ソロでシンガーとしてやりたいっていう思いは常にあった。24歳で『生活』(90年)というアルバムを出した時にも、『東京の空』(94年)を作ってる時にも、ソロになるべきなんじゃないかって真剣に悩んだし、昨日今日いきなり言い出したことじゃないんです。メンバーには30周年の1年前から、30周年ツアーを絶対に成功させて、自分はソロをやるって前もって言ってあったし」

引用元:https://www.walkerplus.com/article/209571/

つまり、本人の中でソロ活動は構想として前々からあったということ。

バンドに不満があるというわけでは無く、あくまでも自分の中の思いに関する部分の問題であると記事の中では語っています。

宮本浩次が赤裸の心で歌を歌うために

一つのことを続けてきた働く50代の転身は珍しいことではない。まして人生100年時代、ある程度の年齢を過ぎれば誰もが“リスタート”に思いをはせるだろう。「Do you remember?」の歌詞にある、「赤裸(あかはだか)の心で」生きるという感覚が、今の自分の現実だと宮本は言う。

【宮本浩次】「もし50代で転身する人が多いとするならば、その気持ちはすごく分かる。でも人によって、30代で思い切って仕事を変える人もいるだろうし、70代になって自分の夢を実現したいって行動する人もいるだろうから、それぞれの転機みたいなものがあるということだと思う。自分の場合は、若い時はいろんなものに憧れていた。永井荷風や森鴎外や太宰治や葛飾北斎や、レッド・ツェッペリンやローリング・ストーンズに。あるものないもの全部ひっくるめて、偉大な『男像』みたいなものに向かって邁進するのが古今東西の男の人の性質だとするならば、時間を経て、大人になって、いつしか現実を受け入れるようになっていく。受け入れた後は、素っ裸の自分が、『赤裸の心で』生きていくわけなんですよ」

「赤裸の心になってしまうと、自分はもちろん森鴎外でもないし、レッド・ツェッペリンでもないと分かって、宮本浩次であるということを認めざるを得ない。『Do you remember?』でも♪宝探しはもう終わりさ、って言ってるじゃない? 夢の夢を語っていた青年が、本当の老年になったということだと思う。今は、自分にふさわしい自分の未来、赤裸の心で到達できる未来を、自分なりに形にできるチャンスなんじゃないかっていうふうに思ってます。エレファントカシマシを通して歌を表現するだけじゃなくて、宮本浩次が赤裸の心で歌を歌えたらいいなって思ってソロをやっている。バンドマンじゃなくて、シンガーソングライターでもなくて、純粋に歌い手でありたい」

「いい歌って、いっぱいあるじゃないですか。例えば『野ばら』という歌、小学校クラシック全集みたいなものに載っていて、私すごく好きだったんですよ。ゲーテの詩で、シューベルトの作曲とヴェルナーの作曲とあるんだけど。演歌でも『おやじの海』なんてすごく好きだったし。いろんな好きな歌がいっぱいある。そういう歌を『歌ってみたい!』っていうのってあるじゃない? 自分のノドをみんなに聞いてほしいっていう。そしてパフォーマーとしてもね、椎名林檎さんとやった『獣ゆく細道』(椎名林檎と宮本浩次/18年)や、東京スカパラダイスオーケストラの『明日以外すべて燃やせ feat.宮本浩次』(18年)や、『The Covers』(NHK BSプレミアム)という番組でカバー曲を歌ったりすることも大好きなんですよ。もともと子供の頃にNHKの合唱団の先生に、『アンタ合唱団じゃなくて劇団にいらっしゃい!』みたいに言われてたぐらい、暴れるのが好きっていうか、人前に立つのが好きなんです」

「作詞家、作曲家は優れた人がいっぱいいるし、まあ歌い手だって上手い人はいっぱいいるけど、宮本浩次個人になった時にはね、いろんな歌を歌いたい。今はまだ混沌としていて、宮本浩次というシンガーがどういうものか分からないぐしゃぐしゃな中で、曲も自分で作ってやっている。その面白みがソロアルバムや来年3月から始まるソロツアーに出てくると思うけど、さらにその次に、純粋にシンガー、歌い手としてだけ存在する宮本浩次のチャレンジはしてみたいです」

引用元:https://www.walkerplus.com/article/209571/

宮本さんには失礼ですが簡単に要約してしまうと、純粋に歌い手として、何物にも縛られず沢山ある好きな歌を自由に歌って表現したい、それがソロ活動をしている理由とのことです。

もしかすると今後は色んなジャンル、それこそ演歌やヒップホップ、童謡や昔の歌謡曲にいたるまで、本当に好きな曲だけを集めたトリビュートアルバムやライブとか、ファンとしてはワクワクするようなチャレンジを見せてくれるかも知れません♪

宮本浩次の年収を大胆予想!

「20代の頃にイメージしていた40代以降の自分はいわゆる”ザ・ロックスター”でした。いくつも家があり、マンションを3棟持ち、クルマを何台も乗り分け、すっげえ旨いもんを食べて、いい服着て……。でも、実際にはそうなっていません。いやね、1997年に『今宵の月のように』がヒットして、けっこう印税が入ってきたんです。でも、そのほとんどで浮世絵を買って、お金は残りませんでした。家も建てていません。税理士さんがあきれています」

引用元:https://goetheweb.jp/person/elephantkashimashi

このように語っている宮本さんですが、実際には現在どれくらい稼いでいるのでしょうか?

過去には、信頼していた人に全財産を持ち逃げされたというエピソードがあり、手元に残ったお金は僅か3,000円(-_-;)

その時は、愛車のポルシェや古書を売ってしのいだそうですが、そもそもある程度は稼いでいないとポルシェは買えないですよね?

つまり、当然ですが当時は平均的なサラリーマンより収入があったと考えられます。

まず主な収入源としては、やはり印税とライブの売り上げが中心でしょう。

参考までに2002年当時の納税番付で、ほぼ同世代である桜井和寿さん(Mr.Children)の年収が約1憶1000万円。

ヒット曲数などでいうとMr.Childrenには及ばないながら、当時は宮本さんも桜井さんの半分程度はあったと思います。(約6000万円)

配信中心のためCDが売れないという音楽業界にとって厳しい今の時代を考えると、更に当時の半分である3000万円が現在の宮本さんの年収と大胆予想します!!

宮本浩次が【SONGS】にソロとして初登場!!

番組案内より。

宮本浩次が、2月22日(土)放送のNHK総合『SONGS』に登場する。

同番組では、宮本が50才を過ぎてソロデビューに踏み切った理由を解き明かすため、普段から好きだという散歩をしながら、自身のルーツを振り返る。幼い頃から通っていた上野公園では、歴史好きな宮本ならではの公園の楽しみ方を聞きながら、歌が大好きだった少年時代の思い出や、バンドデビュー後、募らせていったソロへの思いが語られる。また、2012年に急性感音難聴を発症し、自らの音楽活動を見つめ直した時から通っているという鎌倉の海へ赴き、当時の心境や50才を過ぎてソロへ踏み切った覚悟も語られる。なお、宮本がソロとして『SONGS』に出演するのはこれが初となる。

スタジオライブでは、ソロデビュー曲“冬の花”や最新曲“ハレルヤ”をパフォーマンス。さらに、宮本が自分を見つめ直した鎌倉の海で、自身にとって大切な曲だというエレファントカシマシの“悲しみの果て”を披露する。

引用元:https://rockinon.com/news/detail/192454

本人の口から一体どのような事が語られるのか?

また、今までのインタビューなどとは違った角度から焦点をあてているのか?

放送が楽しみですね!!

まとめ

今回はエレファントカシマシのボーカル・宮本浩次さんが、50代にしてソロ活動を始めた理由や想い、現在の収入などについて考察してきましたがいかがでしたか?

最後にこれまでの内容を振り返っておきましょう!!

  • メジャーデビュー当時は全く売れずレコード会社との契約が解除になるほどだった
  • 『今宵の月のように』の大ヒットを受け一気に人気ミュージシャンへ
  • 同時期に売れていたGLAYに圧倒され心を折られる
  • 筋金入りの読書家で、特に古典文学、森鴎外(もりおうがい)の大ファン
  • ソロ活動を始動するタイミングが今である理由は、30周年という区切りと、紅白出場という目標の一つを達成したため
  • ソロ活動の構想は前々からあり、バンドに不満があるというわけでは無い
  • 純粋に歌い手として、何物にも縛られず沢山ある好きな歌を自由に歌って表現したい、それがソロ活動をしている理由
  • 年収は約3000万円と大胆予想
  • 【SONGS】にソロとして初登場

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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